※以下、20代の頃に書いた作文で、今あらためて読み返すと色々と青二才丸出しで少々恥ずかしいのですが、これも"AUDIO STYLE"管理人の記録ですので残しておきます。

そう云えば、管理人が音楽CDやレコードを購入する際、良く考えてみると音楽雑誌などに書かれているプロの音楽ラーターさんが書かれた批評を参考にすることって実は殆ど無かったりします・・・。これは僕自身に、音楽や演奏に対する確立された価値基準が既にあって、ごく感覚的なものですが・・・それがほぼ揺るぎないからでもあり、わざわざ他の方の意見を参考にしなくても、いくらでも自分自身のの見立てで好きなレコードやCD(あくまでクラシック音楽限定ですけど)を集められるからでもあります。
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ですから、例えば音楽雑誌上ののCDレビューやインターネット上、或いは販売サイトにあるCDや演奏会のクチコミ批評等々は普段殆ど全くと云って良いほど読みません。でもこれはよくよく考えると別の理由があって、裏を返せば読む事で不愉快な気分になる事が、希にしばしば(謎)あるからなのかも知れません。。。(^^;)

的確で素晴らしいレビューが沢山あるのも承知しているのですが、沢山あるレビューの中に過度に批判的で見下し目線のレビューが1つ2つ混じっていると、それが気になってどうしても読んだ後に精神的に後を引いてしまったり。。。なぜなら、「聴き手」としての批評家ではなく「弾き手」としての立場でレビューを読んだ時、そういった批評記事からは、まるで世界が逆転して感じてしまうような、ある種の隔絶感を感じてしまう事があるからなのです。特に自分が素晴らしいと感じた演奏会や録音の事を妙にボロクソに書かれていたりすると、これはこれでやはりかなり気分が宜しくない(謎) まぁ評価というものは自由ですし所詮は人それぞれだとは思うのですけれど、やっぱり、どうしても演奏者としての視点が働いて感情的な客観性が保てなくなってしまうみたい。。。


The Penguin Guide to Punctuation (Penguin Reference Books) (English Edition)

音楽を評論するのは本当に難しい事だとは思います。僕自身も含め、本人は善し悪しについて語っているつもりでも、他者には単なる好みの問題・・・好き嫌いにしか読めなかったりもする。抑も、音楽を批評する為には、極論してしまうとその音楽の作り手と同程度以上の音楽的な洞察力が必要であり、それが無ければ善し悪しなど正確に量れるはずもなく、そんな人間が論ずる良悪なんてのは単なる素人の思いこみであり、浅薄な独断と偏見的戯言に過ぎない筈なのですが、何故か(特にクラシック音楽の?)音楽評論の分野では、何様のつもりか判らないような高飛車な批判をする輩がいたりする。。。もしかしてそんな権威的で高圧的な文章の方が一端の批評家っぽく・・・高尚に受け取られるのかしら???

自分の場合、25年間ピアノを弾いてきて、毎日音楽に浸りつつ色々と音楽に首を突っ込んできた経験から気付いたこと・・・それは

音楽について僕は本当に僅かなことしか知らない

と云う現実です。だから怖くて他人の演奏のことは下手に批評出来ないのが本音です。勿論、演奏、演奏家の個人的な好き嫌いとかはあるのですけれど、演奏技術面、テクニック等のごく表面的な部分はともかく、表現のレベルで何が正しくて何が悪いか?などと、その芸術面と内面については私如きが烏滸がましくてとても語れる事ではありません。一流の演奏家と呼ばれる人々が音楽について考えていることの細やかさや哲学的な考察など、そのディテールの片鱗に少しでも触れてしまうと、どう考えても自分がそのスキルに技術的にも人間的にも達しない限り、理解出来ない世界がある事を否応なしに知らされる訳です。そのレベルに到達していない自分が、その演奏家に教えを請うことなく端から偉そうな批判をすることなど、どう考えても分不相応で本末転倒していますから。。。

この観点からみた場合、他愛のない個人の「感想」というラインを超えて、善悪判断に基づいた一端の批評が出来るという事は、その批評家が無知蒙昧か、批評対象の音楽家を超える天才のどちらかだと思われる訳でして・・・。まぁ、プロ野球見ながらワイワイがやがや批判するのも、クラシックのCDの演奏評をするのも一緒だよ、そう難く考えるな!と云われれば、確かにそうなのかも知れませんけど(苦笑)

でもね、やっぱり言っていることの正当性に関わらず、一方的に酷評されるのは端から見て気分の良いものではありません。しかもその本質が、無意識に"好き嫌い"というバイアスのかかった、権威的に客観を装った主観的評価でしかなかったりすると、結局は否定的な個人的意見に対する賛同者を求めつつ、評者の判断力の絶対的な正当性を認めさせようとしているだけ・・・というなんとも悲しい価値観に辿り着いてしまうようで・・・こうなると、もうどうしたものやら以下自粛ryぶっちゃけ付ける薬がないのかなと。。。

私が良いと思ったり感動したCDや演奏会について、お薦めした方がそうは感じてくれない事も多々ありますし、私が嫌いな録音やしらけた演奏会を大絶賛してくれる人もいます。当人の善し悪しなんてその程度のもので、感じ方は所詮百人百様な訳です。そんな主観的で感覚的な音楽をどうしても評価する時には、「良かった」「面白かった」「感動した」と感じる人々のプラス評価を集めていくしかあまり意味は無いのではと思考えてみたりもします。本質的な帰結点が「悪かった」というのみの意見は、例え正論であっても人々の心に不愉快さを残し、とどのつまり誰の役にも立たないし、一歩間違うと争い毎の種にしかなりませんよね。本当に良い音楽は人々のプラスの評価が集まることで自然と評価が上がり、あとは黙っていれば顧みられることなく消えてしまうのでは思います。


何が言いたいのか分からなくなってしまいましたが、クラシック音楽を聴く時は、出来ればもっとゆったりした気持ちで楽しんで欲しいという事です。批評家然とした視点で杓子定規に知識を振り回してこねくり回したり、背伸びをして知的に振る舞おうとしないで欲しいのです。普通、弾き手はそんな肩が凝るような聴かれ方を望んではいませんし、そういった自尊心の満たし方、お高く止まった視点からのオモチャにされるのは実は迷惑なのですよと。上から目線で酷評してやろうなんて思わずに、どうか皆様もっと音楽を愛してくださいませd(^_-)。以上、とあるネット上のクラシックの評論記事を読んで久しぶりにイライラしてしまった"AUDIO STYLE"管理人の独り言?でした・・・(滝汗)
《Last modified 2009/03,19/4/5》

o-greenクラシック音楽にたゆたふ

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