オーディオ用語の定義について@Twitterログ6

今回はスピンアウトして箸休め。昨日のエントリで転載したTweetの後半から着想を得て、本来の箱ピュア読者@初心者さん向けに内容をリライトしてみました♪

ツイッターで色々とやりとりをしていると、オーディオの独特の用語についていろいろと齟齬があったり、それが元でストレスになっている方が、しばしばいらっしゃることに気づかされます。オーディオ用語には主に2種類あって、一つは単純に理工学系の技術用語から派生したもの、そして時に問題となるのが、もう一方の、長年メディアや評論家が「音質」を言葉で伝えるために編み出し、積み上げてきた感覚表現のたぐいです。

これは、直接製品に触れたり、じっくりと比較する機会が少ない読者に対して、カメラの画質傾向や使用感を伝えたり、車の質感や乗り味を言葉で伝えることと類似しています。加えてオーディオの場合、「音」を言葉で形容することと「音楽」を言葉で表現する音楽評論などの技法も合わさり、現在に至るまで感覚的、抽象的形容表現、比喩表現が種々様々に編み出されて今日に至ります。
何を隠そう私自身も、オーディオ雑誌を読み始めたまだ中学生の頃ですが、、、この独特の形容表現のオンパレードを宇宙語だと憤り、とある雑誌社に抗議のはがきを送ったことがありました。 今考えれば中二病以外のなにものでもないですが、担当者さんが生暖かい目で考慮してくれたのか、そのハガキの懸賞に見事当選していたのが、今となっては良い思い出だったり♪

オーディオ独自の形容表現をなるべく正確に理解出来るようになるには、多くのオーディオファイルと同様に、色々と雑誌や書籍を読んで語句を読み慣れること、今ならウェブ上のプロの評論を読み、それと製品の音を実際に聞き比べつつ、プロの評論家が「音」をどんな言葉で喩えているのかを読み込む。これがなんだかんだで一番手っ取り早いと思います。

一つ勘違いしてはいけないのが、形容詞はあくまで形容詞であって、輪郭が明確な絶対値を表現するものではないという点です。ここを誤解してしまうと、とたんに用語が誤読のオンパレードになってしまい、殆どまともに理解出来なくなります。そもそも感覚的な形容詞の理解は個人々々の性格や環境でかなり異なりますし、認識するポイントには程度の幅もあります。オーディオのように用語そのものが独自の進化を遂げている場合には、さらに業界独特の固有表現が加わるため、普通に用いられる一般的な日本語の用語理解では不足したり、齟齬が生まれたりし易い点は否めません。

すなわち形容詞に於ける自分の定義と相手(書き手)の定義は違うのが当たり前、意味が異なる可能性があるという、一歩退いた客観的な視点が常に必要ではないかしらと。また、オーディオ界隈で慣例として共有される用語理解の拙いうちは、受け手側の勘違い、自分がミスリードをしている可能性を疑う無意識の柔軟性が、ここは必要になるということでもあります。


オーディオ用語に限った話ではありませんが、形容詞を単語単位に分解して、語源や原義通りの狭義解釈へ執着すればするほど、他者との言語解釈の不一致/齟齬が生まれた場合に、言わんとする本質の共有が困難になります。言葉の意味が解らない・・・ズレていると感じる時は、先ずは其処ではどのように共有されて使われて来たのか?に視点を向けて欲しいところ。自分の感じる定義の正しさではなく、相手・・・その分野のクラスタにどの様に使われているのか?という視点です。言葉はあくまでコミュニケーションのツールに過ぎませんから、用法用途にこだわる余りに、他者の言わんとする意図を読み取れなくなってしまったら、それこそ身も蓋もありません。

形容詞というものは、元来個人によって内面的な定義や理解がある程度ずれているものですから、オーディオ解説であれ、日常の出来事であれ、読み手、聞き手の「誤解」を100%防ぐことは不可能です。これは絶対値を基準にする理数系的なロジックと、主観的な感覚表現に重きを置き、絶対値の存在を必ずしも必要としない文系的、音楽的な思想との違いかも知れません。オーディオ用語の多くは「音」が持つ表情という、定量化不可能かつ輪郭が不明瞭なイメージや、方向性、傾向を、主観的な印象論で緩やかに明示しているに過ぎません。

ですから、オーディオ用語の形容表現に絶対値があるかのように考えないことが大切です。形容詞はあくまで、輪郭が曖昧な感覚的イメージを言語で表現、代用しているに過ぎませんから、まるっと方向性を定義しているだけで、条件による相対的な揺らぎもありますし、そこにオーディオ機器や試聴環境、オーディエンスすべてに共通する揺るぎない正確な物差しが必ずしも存在する訳ではありません。

こういった形容表現の場合、そもそも1つの単語で全てを表現しきれるとは限りませんし、単語だけではイメージが伝わりにくかったり、個人差からより大きな誤解を生みやすい問題をはらみます。そのため、オーディオ評論では、類似したいくつかの表現や語句を並べることで、ざっくりとフォーカスしつつ全体の音の傾向を伝え、その言葉の組み合わせからさらに、微妙な方向性の違いやニュアンスを読者に読み取ってもらえるように苦心している訳です。

読み手側は、1つのキーワードがそれぞれ別々に何かを狭く定義していると受け止めるよりも、キーワードの連なる文脈から、全体の音質の方向性や特徴を相対的に読み取る。それがオーディオ評論に於ける主観的表現の上手な読み取り方だと思います。

なかにはこういった絶対値の曖昧な形容表現そのものを厭がる人がいるのも事実です。文章である以上、日本語特有のニュアンス豊かにたゆたう表現を読み取る読解力が問われますし、言葉に対するイデオロギーの違いもあります。逆にとても言語理解力が鋭く、言葉の正確さへのこだわりがあり、比喩や形容詞の定義に敏感な人では、不明瞭な用語を安易に当てはめる適当さ、語彙のあやふやさに違和感を感じてしまうことも屡々あるとは思います。

深く物事を考え正確さを求めすぎる人が陥るかもしれない言葉に関する二つの現象

音を言語化する形容表現にまつわる問題が、書き手側の至らなさであれ、はたまた読み手側のミスリードであれ、誤解や理解の齟齬が大きければ、実際の製品を触れた上で、結果的にだまされた、時には裏切られたと感じることすらあるかも知れません。特に雑誌等でのオーディオ評論に慣れない間は、私も色々と思うところがありましたので。。。(とは言え、私がオーディオ初心者だったころは、定量的カタログスペックを真に受けた結果、酷い目に遭った事がむしろ多かったりしましたけれども・・・(滝汗)


加えて、スポンサーで成立するプロメディアの上では、評論家の立場上、気に入らないものでも正面からそうそう貶すわけにはいきません。また、特定の視聴条件での印象が悪くても、異なる条件で違った結果が出る可能性を安易に絶ちたくないという、大人の事情と豊富な経験がない交ぜになった際どい表現が求められます。

また、我々のような素人レビュアーの間でも、ネット上では叩かれる事の恐れから、敢えて正面からは貶さないというのも、和を重んじる日本文化では暗黙の了解だったりします。そこでオーディオ用語でも、京言葉のように、表向き褒めているようで実は褒めていない表現、ポジティブに貶している表現、いくつか組み合わさると実は色々意味が変化するといった二重、三重表現が編み出され多用されてきましたが、これはまた別の角度から見れば、善し悪しについて違った意見の人を尊重するという、思いやりの表現でもあります。

経験を積んだオーディオファイルの多くは、そういった表裏のニュアンスを、選ばれる語彙や文面のニュアンスから自然と読み取れるようになりますが、当然、慣れないうちは文脈の裏側に潜む意図が読み取れず、表面上の褒め言葉にのみ意識が向く故に、自己に都合の良い部分だけを受け取ってコロッとダ・・・乗せられたりする事も、それはそれでスキルを磨く為の一つの通過儀礼なのかも知れません・・・なんて無責任なことをのたまってみたり(^^;

元々言葉とは流動的で時代とともに変化するもの。そしてプロアマ問わずそれを完璧に操れる人はいませんし、読み手側ではなおさらです。それでも誤解を恐れずに、多くの人が他者へ言葉で何かを伝えようと情報発信をするのは、それがプロの評論家であれ、ネットの素人レビュアーであれ、音楽のすばらしさ、オーディオの面白さ、手にした製品の素晴らしさを、他の誰かと共有したいという思いがあればこそなんだと思います。

まとめ。オーディオ誌や「箱ピュア」含めたオーディオ関連サイトのレビューで、スペックや技術論以外で抽象的に語られる「音の印象」を読まれる際には、頭でっかちにならず、箇々の言葉の定義にあまり細かくこだわらずに、リラックスして全体のイメージを掴む感じで、感覚的に雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。それから、やはり他人の言葉の評価だけで物の価値を判断しないこと。最終的な結論は自分の耳と感性で下す、決める。この姿勢を肝に銘じておけば、自ずと個人々々にマッチしったより良い製品との出会いが、皆さんを幸せなオーディオライフ、音楽ライフに導いてくれるはずです(*^-^*)。
《Last modified 2015/7/27》
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