音像型と音場型、どちらのスピーカー(&システム)がお好き??

オーディオ界隈で機器の音質を言語化して説明する際に、以前から便宜的に音像型、音場型と評価されているスピーカーやオーディオシステムがあります。この2つは厳密にスパッと線引きできるわけではありませんが、様々なスピーカーやオーディオ機器に触れることにより、その傾向がある程度掴めてくるようになります。そこで今回は、オーディオマニアの間で共有しておきたい共通認識として、音像とは何か?音場とは何か?を説明してみたいと思います。

audiopro Image12 Vienna Acoustics Mozart Signature T-2
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音像とは?

音像「おんぞう」とは、ステレオオーディオシステムにおいて、左右のスピーカーの間に、ある程度の存在感のある点や塊が、楽器やボーカルなどの視覚的イメージの代わりに現れることを指します。これをサウンドイメージやステレオイメージと呼びます。左右のバランスが等く直接音が主体のシンプルな録音の場合、声 or 楽器が、2つのスピーカーの主にトゥイーター同士を結ぶ中央、中間点に位置するのが基本です。

ステレオイメージ音像定位、中央定位

間接音成分を多く含む生演奏の録音では、楽器配置の都合上、中央ではなく、それぞれの楽器の定位が左右にずれたり、前後の奥行きを伴った位置関係が視覚的に現れます。ピアノのようにそもそも点音源ではない楽器の場合(ピアノは音の高さで、発音位置が変わる)では、録音マイクの位置によって定位が左右に寄ったり奥行きが変わりますし、ヴァイオリンのように演奏者が体を大きく動かしながら演奏する楽器の場合も、定位に視覚的な揺らぎが伴う場合があります。

生音が存在しない電子音楽でも、マスタリングの過程でボーカルと各楽器のL/Rバランスを変え、音源が被らないよう意図的に左右にずらした定位感を演出することが可能です。創られる音像の大きさはスピーカーやシステムに依存しますが、オーディオ的に定位感が良いとされるものはピンポイントで点音源に近い傾向が強く、少し膨らんでいると口の大きさが見えるようなと表現したり、更に大きく聞こえる場合、等身大の○○~などと比喩されることもあります。

現代のピュアオーディオシステムでは、ある程度正確なセッティングをすれば、このような視覚的な音像が2つのスピーカーの間に現れますが、これはスピーカーセッティングの初歩でもあり、2CHステレオ、あるいはマルチサラウンドにおける基本的な到達点になります。尚、ヘッドフォンシステムでは、多くは頭の中と周りに小さな音像が定位します。

音場とは?

音場とは、左右のスピーカーの間にある音像のみならず、音楽が演奏されるステージ全体が、主に2つのスピーカーの間に現れることと、その空間を指します。ここで生まれるステージイメージングの大きさは、スピーカーの指向性及びオーディオの機種選びとセッティング如何によって、場合によっては2つのスピーカーの間を超え、上下左右奥行き方向へ大きく広げることも可能です。この空間的イメージの広がりは、生演奏の場合、録音されたコンサートホールやライブステージの反響音によって醸成されます。また、再生時のDSPや、録音時の電気的なエコー、エフェクト加工を駆使することで、そこにまるで広いステージがあるかのように後付けで音場感を再創造することも出来ます。

ちなみに、このステージイメージをより明瞭正確かつ大きな広がりを持って再現することが、現代ピュアオーディオ及びハイエンドオーディオにおける暗黙的なトレンドになっています。音場型と音像型を明確に切り分けることはできませんが、あくまで1つのベクトル上にある相対的傾向を表すイメージだと捉えてください。

おんじょう or おんば? 音場の読み方

因みに音場の読み方は「おんじょう」「おんば」と二通りありますが、どちらも間違いではありません。とは云え、管理人的にはおんじょうと呼ぶ方になじみがあります。昔から、おんじょうかんと言っても、おんばかんとは言わないですよね。これ、長年オーディオ誌上などで慣例でおんじょうと呼ばれていた事から自然と身に付いた気がします。

また、工学用語や録音現場で使う実在的な意味の「おんば」と、オーディオ的に目に見えない感覚的なイメージを言語化する際の「おんじょう」では、同じ「音場」でも意味合いが異なります。そこに敢えて違いを持たせる意味もあり、自然と「おんじょう」に落ち着いたのだと思っていました。視覚的境界が曖昧なサウンドステージを指す言葉ですから、言葉の響きの雰囲気として「おん”ば”」と止められるよりも、重箱読みをせずに「おんじょう」と呼ぶ方が個人的にはしっくり来ます。てか、おんばって表現・・・近年になってからYouTubeなどで初めて耳にするようになりました。

音像型スピーカーとは?

ステレオオーディオシステムで音楽を再生する際に、音楽に含まれる要素から直接音を主体的に、時に直接音をより強調する形で再生するスピーカーを指します。密度感を伴う視覚的な音像をクッキリと明確に描写し、眼前にある演奏に、存在感、実体感を強く感じさせることが特徴です。

JBL L100 Classic 75
JBL L100 Classic 75

音像型オーディオシステムのメリットは、同じ量の音響的エネルギーがあると仮定した場合、エネルギーがより音像表出に振られるため、生命力を伴った実体感のある音楽表現を手に入れ易くなる点です。聞き手側は演奏の直接的な部分に意識が行くため、音楽のイメージが掴みやすく、音楽に集中しやすくなるなどのメリットがあります。技術的には、指向性が鋭くレスポンスと制動力に優れたユニットを使用し、キャビネット内部を効果的に吸音しつつ、不要な響きと箱鳴りを極力排除するなどの様々なアプローチがあります。

設計思想の方向性から直接音の押し出しに全振りしたような場合、スピーカーが主張する直接音を強調することと引き換えに、微細な間接音や残響成分が相対的に控えめになる、空間、空気感に乏しく音楽のディテール欠ける音質傾向などの副作用もたらす場合があります。特に、解像度が不十分な低価格製品ではそれがより顕著になりがちです。

音場型スピーカーとは?

逆に、この間接音成分を強調したりリバーブの減衰を遅らせたりすることで、音楽そのものに含まれる響きの成分が増幅され、広い空間に豊かな響きを伴う音場型スピーカーと呼ばれるものになります。特に技術的にこの部分を強調したものは、マルチサラウンドシステム用のサテライトスピーカーなどに多く見られますし、ハイエンドオーディオに多い多連装ユニットのスピーカーなども、発音部分の微妙な遅延と位相のズレによってもたらされる音響的な増幅による、ステージイメージの大型化を狙ったものです。指向性の広いユニットや古くからあるバスレフポート方式による低音域の遅延増幅、発音部の複雑化による逆相成分の付加などは、人工的な音場感を創出する手段にもなります。響くキャビネットと最低限の吸音材で箱鳴りを生かす方向性も、音場型スピーカーにありがちな技術的方向性と言えます。

Vienna Acoustics T-2 “MOZART” Signature

音場型の弱点は、同じ量の音響的エネルギーがあると仮定した場合、エネルギーが音像だけでなく、音場再現に必要な残響やリバーブ成分にも多く取られ、引き換えに直接音の実体感が希薄になりがちな点です。一部のサテライトスピーカーのように残響音強調に全振りしたような設計の場合、音像が相対的に薄くスカスカに聞こえますし、スピーカーに対して電力的余裕が不十分なアンプを繋いだ場合にも、類似の音質的傾向を見ることが出来ます。

また、ここでは支配力の大きさから代表例としてスピーカーと書きましたが、実際には、それぞれのオーディオコンポーネントやアクセサリー類を含めて、より音量型の傾向、あるいは音像型の傾向といったベクトルは多かれ少なかれ存在しています。その為、システム全体のセッティングや組み合わせによっても、表現の傾向をより音場重視、或いはより音像重視に傾けることが出来ます。

音場空間再生の歴史的変遷

コンサートホール

1960年代後半から1980年代にかけて、クラシック音楽のオーディオマニアの間では、既に音場再生は非常に重要な評価基準でした。ある意味、現代以上にコンサートホールの空気感をいかに再現するかが追求されていたそうです。

・音場型と音像型の分類
・ホールトーンの再現
・楽器の定位と奥行き感
・ステレオイメージの自然な広がり
・そこに演奏者がいるような実在感

こういった概念が当時から既に存在していたのが驚きですが、よく考えると、ステレオ録音が始まった1960年前後~のクラシック録音では、今のオーディオシステムで聴いても、既に立体音響空間がしっかりと認識され、克明に録音されている事が数多の名盤から伺い知れます。

録音再生に於ける具体的なアプローチとしては、

・スピーカーの設置位置、角度、リスニングポジションの模索
・正三角形配置のリスニングポジション
・シンプルな2チャンネル再生でいかに立体的な音場を作るか
・クラシックリスナーには広がりのある音場型スピーカーが好まれる傾向
・真空管アンプがもたらす空間の広がりが重視される

等々の試行錯誤が当時から既に見られました。その結果、デッカツリーなどのワンポイントステレオ録音が高く評価されたり、70年代に入ると、 クアドラフォニックと呼ばれるCD-4、SQなどのマトリクス方式、4チャンネルステレオ再生が試みられたりした時期もありました。アナログレコード時代は録音方式そのものが音場再生に直結していて、DECCAやMercury Living Presence等のレーベルでは、マイク配置から録音技術に至るまで、コンサートホールの空気感を捉えることに情熱を注いでいました。興味深いのは、デジタル化以前の方が「アナログ的な空間の連続性」に対する感覚が鋭敏だった可能性があることです。

1960〜70年代のクラシックファンは「音場」という言葉こそあまり使わなかったものの、実質的に同じことを追求しています。当時の表現としましては、

「ホールトーン」「空間」「立体感」
「臨場感」「実在感」
「音の広がり」「奥行き」

等々、オーディオ評論上でも「音場の深さ」「空間の見通し」といった表現が既に使われていて、これらは現代で云うところの「音場感」とほぼ同義です。

クラシック音楽のステレオ再生では、コンサートホールとそこに並ぶ奏者の関係から、録音に忠実であるほど、誇張感のないステージの再現性はある意味で必然の到達点でもありました。しかし、ジャズやポップスの音源では、そもそもステージが狭く近く、当時からステレオイメージが誇張されていたり、加工されていたりするのが普通です。そこから生まれる再生志向には、音場感や音像感の再現性とは異なるベクトル、音楽と演奏の熱気を浴びることへ特化したステレオも存在します。大昔のオーディオマニアが辿った大口径の大型スピーカーを至近距離で慣らすスタイルなどは、そういった音源を最大限愉しむためにより最適化した形の一つと云えます。

デジタル録音の登場から現代に至るまで

1980年頃を境に、録音業界では新しく生まれたデジタルレコーディングがまたたくまに主流となり、CDの登場によってデジタル録音されたアルバムが急速に普及し始めます。アナログレコード時代、レコーディングスタジオに近い音場空間を再現するには相当な機材を揃える必要があり、マニアでもハードルが高かった。しかし、以降のデジタル機器の普及によって、比較的安価な家庭用オーディオシステムでも音場再現が可能であることが徐々に知られはじめます。

レコーディングスタジオ

この頃から、JBL、アルテック、TANNOYなど、それまでの主流だった大口径スピーカーから出る直接音をダイレクトに受け止めるスタイルから、何も無い空間に整然とステージが浮かび上がる音響が、店頭デモや誌面を通してより広範なオーディオマニア間に浸透しはじめます。B&W MATRIXに代表される位相精度の高いモニタースピーカーのコンシューマーでの認知、YAMAHAのDSP技術、ドルビーサラウンド、BOSE等々、当時の最新オーディオ機器が持つ新たな高音質の基準として、三次元音場再生が徐々に持て囃されるようになります。

ピュアオーディオで意識的に音場重視のアプローチが目立ち始めたのは90年代以降でしょうか。90年代には未だ新旧両方の設計思想によるオーディオ機器が混在していましたが、個人的経験では、2000年頃を境に、コンシューマーオーディオの新製品が音像型から音場型のスピーカーやコンポーネントへとがらりと入れ替わった印象があります。

現代ピュアオーディオにおいて、本当の意味でオーディオ機器が持つステレオイメージングのポテンシャルを出すには、乱反射に音場空間の崩れを避けるため、後ろの壁から2つのスピーカーを大きく離すこと。その間にテレビやオーディオラック等の機材は置かない等々、ある種、住環境よりも機材を優先したアプローチが必要になります。でもってそこまで行くと、僕が箱庭的”AUDIO STYLE”で長年目指している、リビングにコンサートホールのエッセンスを持ち込む為のアプローチからはどうしたって逸れてしまう。生活空間での住人と音楽と機材との主従関係が逆転してしまうので、ここはやはり「足るを知る」こと。何事も程々のアプローチと中庸のバランス感覚が大切ですよね?みたいな感じでございます。

生演奏に於ける音像と音場の非実在性

ここからはクラシック音楽の演奏会に数え切れないほど通い、自らも演奏し、またジャズの生演奏を至近距離で体験してきた経験から書いてみます。

オペラハウス ピアノコンチェルト

ここまで書いていてなんですが、そもそも音像や音場といった概念は、録音と再生オーディオ側で再創造された概念であって、それ以前の生の演奏には存在しません※知らない人が大勢いるので敢えて書きました。

ホールやステージの音響に応じて渾然一体とした音場は存在しますが、オーディオで言われるところの明確な音像や、各楽器の分離した整った音場は、実際の生の音楽では基本的に体験できません。残響の多いコンサートホールでは、至近距離であっても直接音は大きくぼやけますし、客席で聴ける音の比率は直接音より関節音の方がずっと多い。これが現実です。よって、真に原音再生や生演奏のリアルな再現を求めるのであれば、明瞭な境界線を伴う明確な音像が現れること自体、そもそもナンセンスではあるのです。

録音エンジニア側は、集音マイクとミキシング、2chステレオ再生の仕組みのなかで、より現場の生演奏に近づけられるように創意工夫します。ではなぜ再生音楽系において「音像・音場」といった人工的な概念が存在するのか?その答えは、録音技術と再生の仕組みからくる技術的な制約が根本的な原因として存在しているから。そもそも、ステレオマイクで収録して2本のスピーカーで再生する方式自体が、三次元の立体音響再生には仕組み上無理がある。先ずは大前提としてこの点を理解する必要があります。

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モノラルからステレオ録音へと花開いた1960年代から現代の三次元立体音響へ・・・

レコーディングスタジオでは、当時から、ステレオ録音の技術的、音質的限界の中にありながらも、録音した音楽をなるべく生演奏に近づけるために、ステージやコンサートホールの実在性を再現するための録音とミキシング技術等々を試行錯誤して来ました。そしてある頃から、マルチマイク、マルチトラック録音を駆使する事で、積極的に音像や音場を造り出し、ホールやステージの音響を擬似的に再創造出来るようになります。そしてその延長線上に、より視覚的に分離と定位を強調することで、リスナーに向けていかにも本物っぽい音響空間のようなものを生み出し、錯覚させられることに気付き始めます。

当時の録音には切り貼りが実験的に過ぎて誇張が酷いものもありますが、クラシック音楽の録音では、割と早い段階から、コンサートホールを丸のまま飲み込んだかのような空間再現性を持つ録音が主流で、60年代には既にそれがメジャーレーベル録音のスタンダードになっています。また、まるで大きなコンサートホールで収録した様に聴こえる音響が、アビーロードスタジオなど、スタジオ収録からの音響的な再構築というケースも少なくありません。録音技術の歴史は、ある意味この再創造のための試行錯誤であり、技術的積み重ねにあるとも云えます。

同時にリスナー、コンシューマーオーディオ側でも、このように人工的に創造された「正確な定位」と「楽器の分離」が音質の指針となり、生演奏より鮮やかでクリアな音を高音質の基準として徐々にオーディオ業界、オーディオマニア共々に支持、追求される様になります。結果、再生芸術なる概念までもが文化的に創造されることにも繋がります。

これらを踏まえると、録音作品は厳密には技術的にもはや生演奏ではありません。リスナー側としては、元々あった生演奏のエッセンスを最大限逃さず追体験したいとの思いがありますが、しかし現実的には、録音×ミキシング×スピーカー再生に因る諸々の音響的改変と再創造からは絶対に逃れられません。リアルな音像とか、ピンポイント定位がどうとか、立体的な音響空間等々、それはあくまで加工に加工を重ねた上で再構築された電気的バーチャルリアリティがもたらす成果でもあるのです。

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このバーチャルリアリスティックなオーディオ技術は、長年の録音再生技術と機材の性能向上により、現実の生音よりもクリアで大仰な音楽を提示する現代のオーディオ機器、ハイエンドオーディオへと繋がって行きます。そう、技術的向上に基づく必然的な帰結として、元々あった筈の生の音楽を記録からあぶり出すことから、音響技術に依って擬似的に再創造された高音質追求へと比率が傾き、デジタル音源の出現を境に、オーディオの主役がゆっくりとしかし確実に、血の通った音楽から創られた高音質へとすり替わる事になります。

そういった方向性の良し悪しについては、あくまで個人個人が、音楽に立脚した音楽リスナーか、高音質に立脚したオーディオマニアかと云う立場の違い拠ります。オーディオ機器を通して同じ事をしているようで、実のところ両者は根源的、本質的部分の目的が異なる。こんな感じで、オーディオ趣味は終わらない試行錯誤にこの二律背反する矛盾とジレンマを抱えているところが、時に苦しくもあり、楽しくもあるのです。。゜゜(´▽`。)°゜。

~まとめ~

とは云え、生演奏を拠り所とする一音楽ファンとして管理人が伝えたいボイントがあります。オーディオ機器を通して過剰に音像や音場を追求するスタイルは、写実的写真に過剰なレタッチを加える如く、音楽再生にとってあまり良い方向には寄与しません。此処が音質よりも音楽そのものが目的のリスナーが押さえておくべき核心部分だろうと思います。マルチマイクに依るMIX収録と2chステレオ再生と云う技術的制約がある以上、まともな装置で再生すると、何をどうしたところでそれなりに音像と音場が創生されます。それはそれとして程々に愉しみ、音楽のものの流れを妨げないように配慮しつつ、程々のバランス感覚を大切にする。世界の曖昧さを許容して、再生空間のマリアージュが生み出す自然な流れに身を任せる。

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クッキリハッキリ、ダイナミック三次元音場の再創造・・・みたいな人工的で不自然な方向に肩入れし、作り物の「高音質」を求めれば求めるほど、本来聴きたかったはずの音楽の豊かさ、色彩感からは遠のく。このことを肝に銘じておく。それを知っているだけで、音楽ファンでありつつも、オーディオマニアックな世界を楽しみながら両立できるのではと常々思っているのでありました。

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